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座標終生

素晴らしきかな人生にしたいおじさんのつぶやきです。

都合のイイ待ち人間になってない?

この会社に来て、まず役に立てるのが嬉しかった。スキルが無い自分でもせめてもと。

7年。何だか都合のイイ待ち人間になってないか?

 

自分は何がしたいのか、どうなりたいのか。再考の時期。

 

新期の会議に出て

すきま時間にブログを更新。

 

昨日は久々に本部の会議に出席した。

4月から新しい体制となり本部の人が代わっている。会議室に行く前にあいさつが必要だ。44にもなって「やだな~」と思っている自分。

 

若いころは、歳を重ねると色々こなせる大人に自動的に成れると思っていたが、この歳になると、そうでもないと思えるようになった。各々の自己鍛錬や経験が必要なのだ。どう歳を重ねていくが大切なんだなぁ。まあ自己嫌悪は「敵」なので、あまり考えない様にしよ。結局あいさつはしなくて済んだ。

 

会議も何とか乗り越えた。(今後色々フォローが厳しくなりそうだが)

会社変わって8年目になるけれど馴染むのは難しいね。これもこれで仕方ないけれどな。

 

ビルを出てホッ。どこかに飲みに行きたい気分だったが「今から飲みに行く?」と誘う人が居ない。

改めて「孤独だな~」と感じた。

 

こちらも何かしていかないと作られないものだな。

確かに頭がスッキリする本

 

 はてなブックマークで高評価だったので購入してみた。

読むと、いつの間にか頭がスッキリしている。すばらしい本だ。2017年3月で第15刷発行(2015年7月第1刷発行)が良書であることを物語ってる。

 

このブログの記事からも分かるように、自分は何かと悩みが多い中年である。落ち込むと啓もう書とか自己啓発本を買って乗り越えようとしている。何冊も買って読んでいるはずなんだがいつもモヤモヤ。夢を持って生きろとか、こういう行動で人生を切り開けとか、書いていることは分かるのだけれど、どこかしっくり入ってこないことが多い。

そんな中、この本を購入。「なるほど~」とすーっと心に入ってくる言葉が多かった。

 

この本の面白いところはアプローチの方向かな。「悩み」に対してどう行動するかという外に向かうのではなく、その時どう感じているか?という内(心の反応)に焦点をむけているところ。

そもそも「人生には悩み(苦しみ)がある」ということを前提として受け入れ、そこから自分がどう反応しているか?というところに焦点を当てている。自分の心の反応を客観的に見ていくことで心を鎮め、「ムダな反応」をしないように気持ちをコントロールしていく流れ。

 

それらをブッダの教えから説いている。といっても宗教色はあまり無く、どちらかというとカラダを意識した科学的な感じが強い。(マインドフルネス)

 

良く知られるが人間は「七つの欲求」で突き動かされており、それらを求め続ける「満たされない心」が常にある。この心の状態をきちんと見ることで「ムダな反応」から抜け出す。

自分は寝る前に日記を書いている。思い返すと、よく最後に「このままでは駄目だ」と書いていた。何度も書いてるもんな~。進歩しねーなと自分に嫌気が指していたが、そもそも心は、そういうものなんだろう(満たされない心)ということが分かって嬉しい。

もう一つのそもそもそういうものなんだろうは世の中。

米国はシリアにミサイルを発射するし、アベノミクスは成功しているのか分からないし、年金がもらえるのか分からないし、地震で死ぬかもしれないし、職場で嫌な人と一緒になるかもしれないし、一生孤独かもしれないし・・・。人が生きていくうえで、問題が無かった時代なんてなかったんだろう。世の中そういうもんなんだろうなとも思えた。そんな先行きが見えない中、人は結婚して家を建てて子供を育てて仕事をしているんだろうな。皆そんな中で頑張っているのだ。

 

自分は「ムダな反応」が多く不安で何もできなかった。そこを気付かされた。

 

ここからは、そもそもそういうものなんだろうという心をそもそもそういうものなんだろうという世の中で、どううまくコントロールしていくかだろうな。 

 

 悩みはまだそこにあるのだけれど頭はスッキリしている。この本の効果だ。ありがとうございました。

 

動け動け

悲観主義は感情で、楽観主義は意志の力による。アラン幸福論より

やはり、人間動いてなんぼなんだな。この言葉を思い出せ。

送別会の想いには違いがある

昔の上司が異動になるので送別会に参加した。なんだかぎこちなかったか?贈る言葉も気持ちが入らなかったか。昨年はもっと想いが有ったと思う。やっぱその人との関係性かな?その感じが正しいのだ。自然体が一番ね。

ちょうどいい趣味

何が好きですか?と、聞いてくれる人にすんなりと答えられない。◯◯が好きでね〜。と言えればいいのだが正直そこまで語れるものが無い。趣味と言えるものがさっと言えれば親睦も深まるだろうに。日本人の真面目なところか?人は人を簡単に理解したいが実際はそうもいかなくてというのも分かる。が、そんなところまでグチグチ話さなくても良いわけで。ちょうどいい趣味、好きなものをカラオケの十八番みたく用意しておくのも処世術だろう。ちょうどいいやつね。

飲みを誘われたら行くべし

最近のモヤモヤが飲みによって消えたはなし。未だ少しアルコールが残っているが、ここ最近の落ちていた気分が復活している気がする。我ながら転職を考えていたのが怖い。一度実行すると後戻りできないからね。元々酒が弱いし彼女も居ないしけたおじさんが色々詮索されたくないので飲み会は避けて居た。が、ここにきて45手前になって恥ずかしながら飲み会の大切さを知った。ただ顔を出すだけでいいんだよと言って居た営業部長のはなしがありがたい。そうだよな、聞き役でいいんです。飲んで深めるて「おじさんかよ」と敬遠していたけれど、それなりにベタだけど意味があるかなと思えるに至った。なんか変わっていければ良いかなと。